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おべとも学園ができた日

15917_1人間なにがきっかけになるか分らない。
私の場合でいうと今のアニメーションをつくる仕事が
それです。
おべとも学園というアニメーションを作って、はや3年。
この仕事がやれるようになる前の私は、
ヘタクソなデザインをやっては怒られる毎日で、
会社を辞めたくて仕方ない時期を迎えていたのでした。

それは2007年の春、スイスイ社に入って3年目でした。
その日、簡単なデザインの仕事をまかされた私は23時くらいにそれを仕上げ、
ボスにサッと見せて帰ろうとしていました。でも私のデザインをみたボスが言ったのです。
「これがデザインだと思ってるのか?素材を並べるだけではデザインとは言わない」

その言葉はその頃どんなデザインをやっても何回も言われていたことば。
今日は気をつけたはずなのにまた同じ事を言われてしまった…
頭の中がまっしろになっていました。
何も言えずただ突っ立っている私にボスは
「時間がない。もういい、違う人に頼むから帰って良いよ」
そう言って別の社員にその仕事を電話で頼みはじめましたのでした。

そんな遅い時間からべつの人に仕事を頼ませてしまった。
迷惑をかけてしまった。それも私のふがいない仕事のせいで。。
あまりのショックと申し訳なさと屈辱感とで帰る気にもなれず、
0時過ぎまで机に伏せて泣きました。

その日終電を逃した私は、それでも色んな電車を乗り継いで、
家の最寄り駅の近くまで何とかたどり着け、そこから歩いて帰ることにしました。
その夜はバケツをひっくり返したようなどしゃぶりでした。
途中、地元の友人らから電話があって「いまみんなで集まってるんだ♪きなよ~」
と上機嫌に誘われました。
泣きはらして生まれたてのひよこのような目をしていた私は到底そんな気分になれず、
すぐに断りました。

パンツの中までずぶぬれになりながらトボトボと16号の横を歩く私の横を
パトカーがザザーッと追い越していきました。
「こんな時間に、こんなにずぶぬれになって歩く女をほおっておくなんて!!
日本の警察っておわってるな!」
訳の分らない怒りでいっぱいでした。

日付は変わってその日は私の誕生日でした。
あとで聞いたところ友人たちはサプライズパーティーを企画してくれていたらしく、
肝心の私が行かなかったので用意したケーキは皆で食べたよ、
と笑って話してくれました。
今思い出しても、なんとも苦い夜でした。

高3でデザインの道に進もうと決めてから2浪を経てどうにか美大に入り、
自分はデキる人間だと思い込んでいた当時の私。
イラストで食べて行きたい、そんな漠然とした夢を持っていたけれど、
一歩社会に出てみれば何てことはない。
なんにもできない自分がそこにいたのです。

よく聞く言葉として「オレは所詮会社の歯車の1つだ」とか
「歯車は1つとれても会社は回るんだ」とかあります。
ネガティブな意味だと思うけど、当時の私はその「歯車」とやらになりたかった。
うちの会社は小さいので歯車1つ1つが大きな役割をしなくてはいけない。
それを知ってるのにそうなれない自分が本当にイヤでした。
認めてもらえない自分がイヤだった。

もっと才能をいかせる場所に行きたかった。
いや、でも本当はそうじゃない。
ただ逃げ出したかった。
実力のない自分が目立たない場所に、ただ隠れたかった。

そんなとき書いていたのがこの大人のブログでした。
「日々事研究所」というページタイトルで電車の中で気になったこととか、
こんなのあったらいいのに、みたいなことを
ツラツラと自分目線で書いてました。

そんな私のコラムをみてボスがある日
「この話おもしろいからアニメーションにしたらどうかな?」
と言った一言がすべてのきっかけでした。

アニメーションなんて作ったことありませんでした。
でも私が幸運だったのはそれを勉強してつくる時間を与えてもらったことでした。

2週間。うちにこもってもいいからとにかくアニメーションを2つ作ってきなさい、
と課題を与えられた私は、自分の居場所が欲しい。
自分を認めてもらいたい。その気持ちで一心不乱に打ち込みました。
そして2週間「Flash」という未知のソフトと向き合って
1分30ほどのアニメーションを完成させました。

15917_2会社での発表の日。

緊張の中みんなに見せると自分の想像以上に「いいじゃん!」
と評価してくれました。
要領を得た私はさらに2本つくって計4本を1本のDVDにまとめて、
今度はそれを持ってボスと私とで営業に回る日々がしばらく続きました。

そしていくつか行った中でNHK教育テレビで
そのときたまたま立ち上げる新番組「シャキーン!」のスタッフから
「このテイストで小学生版にできる?」と言われたのです。

出来るか出来ないかなんてやってみなければ分りませんでしたがとにかく
「できます!」と言ったあとすぐにサンプルを作りました。
それが第一話目の「ねこ?」でした。

15917_3作った当時はこの作品がどの方向に伸びて行くのかも分らず、
とりあえず歩き出した感じでした。
でも私はこの仕事が出来るようになってから確実にそれまでの自分と変わりました。
絵しか書けないと思ってた自分が、その絵を動かすという新たな才能に気付けたことは本当にラッキーなことです。
もちろん、それは1人では絶対気付けないものでした。
ボスをはじめ会社の皆や家族など多くの人が支えてくれて、
その方向に導いてくれた結果でした。

時に人生は自分の思いとは別の方向に行ったり、
想像と違うことになっていったりします。でも。
長い人生の道はあっちへ行ってもこっちへ行っても1本だと思うのです。

良い時と悪い時を繰り返しながら先に進んでいるのです。
おべとも学園という作品を作りながら私はその道をいまも進んでいます。

(※2010年4月29日「タイツくん大人のブログ」に書いたコラムより転載)